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東京高等裁判所 昭和50年(う)957号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人伴廉三郎提出の控訴趣意書、同補充書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官高田勝提出の答弁書に記載されたとおりであるから、ここにこれらを引用し、当裁判所は次のとおり判断する。

控訴趣意第一点、第二点〈省略〉

控訴趣意第三点ならびに補充控訴趣意について。

論旨は要するに、原判決は、被告人の原判示所為につき、森林法一九七条、刑法二四二条を適用して被告人を処断したのであるが、森林窃盗罪に刑法二四二条を適用することは、罪刑法定主義に反し許されないから、原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があるというのである。

そこで検討すると、原判決は、原判示各山林が被告人の所有に属すると判断したうえ、執行官の占有していた右山林に生育する松の木三〇本位を伐採搬出したという被告人の原判示所為について、刑法二四二条の適用があり、森林法一九七条(昭和四九年法律第三九号による改正前のもの。以下同じ。)の罪が成立するとの解釈に基づき、右各法条を適用して処断したものと解せられる。

ところで、森林法一九七条(森林窃盗罪)は、旧刑法(明治一三年太政官布告第三六号、明治一五年一月一日施行)三七三条に由来し、同条のうち森林においてその産物を窃取する所為に関する部分が明治三〇年法律第四六号森林法三七条に取り入れられ、同四〇年法律第四三号森林法八三条を経て現行森林法に受け継がれた規定である。そしてその処罰の対象となる行為の行われる場所が森林内であるため、占有ないし管理の態様が一般にゆるやかで、その産物が盗まれ易い状態に置かれていること、また行為の客体も土地に定着して生育する物で一般の動産と異なり、財産的価値も通常比較的少ないことなどの点において、刑法上の一般の窃盗罪に比べてやや性質が異なり、類型的にその違法性が低く、責任性も軽いため、特別の行為類型を設けて一般の窃盗罪より軽く処罰することにしたものと解せられる。そして、森林法は、右一九七条のほか、一九八条において保安林の区域内での森林窃盗罪を規定し、二〇四条において一九七条、一九八条の未遂罪を罰する旨の規定を置いているが、刑法二四二条に相当する規定は置かれていないのである。

他方、刑法二四二条は、規定の沿革および立法趣旨に徴して、本来所有権の保護を目的とする同法二三五条等の処罰の範囲を拡張し、自己の所有する財物に対しても盗罪の成立することがあることを定めた特別規定と解されるのであるが、同条はその適用範囲を「本章ノ罪ニ付テハ」と限定しているのであるから、刑法第三六章の定める窃盗罪等に限つて適用があるものと解するのが相当であり(詐欺および恐喝の罪については別に同法二五一条の準用規定がある。)、森林窃盗罪が窃盗罪の一類型であるからといつて、このように処罰の範囲を拡張する趣旨の規定を明文がないのに同罪に類推適用することは、罪刑法定主義に反するから許されないといわなければならない。また、刑法二四二条は総則規定ではないから、同法八条の適用のないことも当然である。

もつとも、森林法に明文がなくても、刑法二四四条が森林窃盗罪に適用されるとする判例(最高裁判所第三小法廷昭和三三年二月四日判決、刑集一二巻二号一〇九ページ)があるので、森林窃盗罪が沿革的にみて窃盗罪の一類型であることにかんがみると、刑法二四二条を森林窃盗罪に適用しても不合理ではないようにも考えられる。しかし、刑法二四四条は、被告人と被害者との間に所定の親族関係があれば刑を免除し、又は告訴を待つて論ずるという処罰阻却事由ないし訴訟条件に関する規定であるから、同条を森林窃盗罪に適用することは、被告人に利益な解釈である。これに反し、同法二四二条は処罰の範囲を拡張する実体的規定であるから、これを森林窃盗罪に適用することは、被告人に不利益な解釈であることが明らかである。また、沿革的にみても、刑法二四四条に相当する旧刑法三七七条の規定は、旧刑法第三編第二章第一節「窃盗ノ罪」の節の末尾に置かれていたのであるから、その規定の位置、内容にかんがみ、同法三七三条所定の森林窃盗罪にも適用する趣旨であつたものと解せられる。これに反し、刑法二四二条に相当する旧刑法三七一条の規定は、「自己ノ所有物ト雖モ典物トシテ他人ニ交付シ又ハ官署ノ命令ニ因リ他人ノ看守シタル時之ヲ窃取シタル者ハ窃盗ヲ以テ論ス」というもので、同法三六六条ないし三七〇条の規定の次に置かれていたのであるから、その規定の位置、内容にかんがみ、右の五箇条所定の普通窃盗・震災時窃盗・侵入窃盗・集団窃盗・持兇器窃盗の処罰の範囲を拡張するものであつて、右三七一条の規定の後に置かれ、普通窃盗より特に軽い刑罰を定めていた同法三七二条の田野窃盗、同三七三条の森林窃盗等の罪にまで適用されるものではなかつたと解するのが正当と考えられる。このことは、森林窃盗罪が森林法に規定されるに至つたことによつて一層明白になつたといわなければならない。

また、旧刑法は森林窃盗のほか、三七二条において田野における産物盗を、三七四条において牧場における牧畜の窃盗をそれぞれ窃盗罪の一類型として規定していたところ、現行刑法の施行に伴い、これらは刑法二三五条に包摂されることになつたために、これらの窃盗にも同法二四二条が適用されることになつたことにかんがみると、同条は森林窃盗にも適用されると解しないと均衡を失するのではないかとも考えられる。しかし、罪刑法定主義に基づく前記の解釈は、このように局部的な均衡論だけで左右すべきではないと解せられるばかりでなく、森林窃盗罪の立法趣旨は前記のとおりであり、右窃盗行為は、田野窃盗などの場合と比べても、森林の産物に対する所有者の占有ないし管理の態様の点においておのずから差異があり、また窃取の客体および窃取行為の態様にも特異性があり、一般にその違法性および責任性が低いため、右森林窃盗罪は通常の窃盗罪より特に軽く処罰するのが相当であるとの見地から森林法に規定されて存続していると考えられるのである。したがつて、森林窃盗罪を右田野窃盗などと同日に論ずることは適当でないといわなければならない。

なお、自己所有の森林の産物については窃盗罪は成立しないと解しても、本件のように公務員がこれを占有している場合には、その伐採等の行為はおおむね刑法九六条(封印破棄罪)によつて処罰することが可能であるから、刑事政策上実際にはそれほど支障は生じないと考えられる。

以上の理由により、森林法一九七条の森林窃盗罪については、刑法二四二条は適用されないと解するのが相当であるから、原判決が本件について刑法二四二条を適用して被告人を有罪にしたのは、法令の解釈適用を誤つたもので、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決は破棄を免れない。論旨は、この点において理由がある。

そこで、刑訴法三九七条一項・三八〇条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書の規定にしたがい、当裁判所において次のとおり判決する。

本件公訴事実は、主位的訴因が、「被告人は、伊藤清の申請によつて昭和四二年二月二一日、八日市場簡易裁判所の仮処分決定により伊藤清、伊藤中、伊藤勝治、伊藤由次郎、伊藤仟、伊藤まさ、伊藤サクおよび被告人の共有であるか、又は伊藤清の単独所有である八日市場市飯倉字中崎一、三八四番の一、山林一反二畝三歩、八日市場市飯倉字中崎一、三八五番の五山林一反歩に対し、被告人の占有を解き、これを千葉地方裁判所八日市場支部執行官にその保管を命じ、被告人は右山林内に立入り工作してはならない旨の仮処分が執行されていることを知りながら、昭和四七年一月八日ころ、同裁判所支部執行官の占有保管する前記山林内に執行官の許可なく立入り、同山林に生育していた黒松、赤松(長さ4.5米、直径二〇糎位)三〇本位(時価五万円相当)を伐採搬出して窃取したものである。」というのであり、また予備的訴因は、右訴因のうち「伊藤清、伊藤中」から「伊藤清の単独所有である」までの部分に代え「被告人の単独所有である」を加えたものであるところ、右の主位的訴因については、これを排斥した原判決に対し、検察官の控訴申立がなかつたことから、検察官はもはやこれを主張していないものと解されるばかりでなく、本件全証拠によつても、本件各山林が右訴因に掲げられた被告人以外の者の所有に属することは認められないから、結局犯罪の証明がなく、また右予備的訴因に相応する事実は認められるが、前記説明のとおり森林法一九七条の森林窃盗罪については、刑法二四二条は適用されないと解すべきであるから、右事実は結局罪とならないものである。

そこで、刑訴法三三六条により無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

(浦邊衛 小野慶二 小泉裕康)

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